―小十郎は心配性―




稀代の陰陽師である政宗は、半人半竜であった。

父が竜神で母が人である。

両親の馴れ初めは十数年前、雨が全く降らなかった時に都で行なわれた雨乞いの儀式だった。

その儀式の際に竜神への生贄として身を捧げたのが母であり、そして生贄を捧げられた竜神が父であった。

父はその時に母を見初め天へと招き、そのまま妻として迎えた。

その後暫く母は父の住む天の都に住んでいたのだが、天の強すぎる神気にあたってか身体を壊し、父は泣く泣く母を地に帰さなければならなくなった。本当は自分も一緒に行きたかったが、父は竜を束ねる竜神という立場上天を離れるわけにはいかず、二人は天と地にて離れ離れに暮らさなければならなくなったのである。

父と母は、毎日のように文をやり取りし、その寂しさを紛らわせていた。

そして離れて暮らし始めて数ヶ月、母は自分が身篭っている事に気が付いた。

その知らせを受けた父はたいそう喜び、子供が生まれた暁には、下界に守役の竜を送ると母に約束した。半竜であっても、竜神の子息なのである。

母は過保護だと笑っていたが、快く引き受けた。

夫の愛情が痛いほど伝わったからだ。

そして待ち望まれた子、政宗が誕生した。

父はたいそう喜び、わが子会いたさに何度も天を抜け出しては側近に連れ戻される日々が続いた。

そして政宗が歩けるようになると、約束どおり天から守役が使わされた。

それが若き黒龍、片倉小十郎であった。

小十郎は政宗に竜の力の使い方と制御の仕方を教える傍ら、政宗を狙う物の怪を退治する役目も負っていた。いつも政宗から目を離さず見守る役目は、若く血気盛んな黒龍には少々物足りないものがあったが、小十郎は自分に懐き一生懸命力の使い方を覚えようとする政宗が可愛くてしょうがなくなり、逆に自分が政宗から離れられなくなっていった。

政宗が14の時、小十郎は竜神である政宗の父に呼ばれ、数日天へ帰らなければならなくなった。政宗の元に使わされてから今まで、一度として政宗と離れたことは無かったが、竜神の命である以上従わなければならない。

小十郎は後ろ髪を引かれる思いで天へと帰った。

そして小十郎不在のその数日の間に、屋敷は銀の鬼に襲われたのだ。

この惨状を天で知った父と小十郎は、急いで地へと向かったが、時は既に遅く全てが終わった後だった。

天へ向かう前、小十郎が挨拶をした折、『気をつけて行っておいで』と笑って見送ってくれた主の母の姿はもうない。

そして『早く帰って来い』と、すがるような目で自分を見つめてきた大切な主は、その身を汚された上に眼を片方失っていた。

竜神は怒り狂い、妻の命と息子の片目を奪った銀の鬼の行方を追ったが、それを察してか鬼はどこぞへ雲隠れをし、消息すらつかめなかった。

屋敷に残された小十郎はボロボロになった主を介抱しながら誓った。

この先何があろうと、政宗を護ると。

今でもあの日のことは、自分の不甲斐なさと苛立ち、鬼への憎悪を伴って思い出される。

そう、自分があの時政宗の側にさえいておれば。

政宗は右眼を失わずにすんだかもしれない。

そして、

あのような物の怪が、政宗の式神になることも無かった筈だ!

あの時、小十郎が駆けつけた時点で鬼の姿はなく、代わりに政宗を助けたという紅い獅子の物の怪が側にいた。

しかもドサクサにまぎれて、そいつは政宗と式神の契約も済ませたらしい。

なんてことだ!

政宗様に妙な虫が付いちまった!

このままでは政宗に将来天へと昇り竜神として天を治めて頂くという、小十郎の将来設計が狂いかねない。

それはまずい。

その後何度かそれとなく政宗に、近いうちに天へお帰り頂きたいと進言したのだが、行かないと言われてしまった。

理由は式神と離れたくないからだと言う。

そこまであの物の怪の事を思われていたかと、少々悔しくなった。

天は竜の血に連なる者しか受け入れないため、その血をもたない式神は地に置いて行くことになる。

鬼の刻印が刻まれている以上、一刻も早く鬼の手の届かない天へ政宗を連れて行きたかったのだが、政宗はこの紅い獅子を信用しているらしく、一緒に天へ行けないならここに残るとまで言い出した。小十郎としては、これを理由に政宗から式神を離すこの上ないチャンスだったのが、嫌だという政宗を式神から引き離し無理矢理天に連れて行くわけにもいかない。

この際、この式神になりたての物の怪を政宗に内緒でこっそり始末しようとかとも思ったのだが、相手も結構なレベルの物の怪。負ける気はしないがこちらも無傷ではすまないだろう。

何か名案は無いものかと、手をこまねいているうちに気が付くと、もう一匹虫が付いていた。

こちらは風狼の物の怪。

どちらも人間が操るには過ぎたレベルの物の怪であったため、政宗は陰陽師として抜きん出た実力を持つ術者となったのだが、問題はそこではない。

こいつも政宗に自分を売り込んで、式神になったというのだ。

テメェら、そんなに政宗様の魂が欲しいのか!

只でさえ厄介な鬼の刻印が右眼に刻まれてしまっているってぇのに、これ以上テメェらみてぇな下衆が群がるのを黙って見ている訳にはいかねぇ!

式神になっちまったモンはしょうがねぇ。

だが、政宗様の魂はこの俺がなんとしても護る。

テメェらになんざやるものか!

無理に式神を政宗から引き剥がすことを断念した小十郎は、しぶしぶ幸村と慶次が政宗の式神になることを許した。

まぁ、許しはしたが、式神の契約を解除する方法さえ見つかれば、容赦なく政宗様からテメェらを引き剥がしてやる。

と、今日も政宗から式神を遠ざけるべく、奔走するのだった。