奥州筆頭片倉小十郎伝
俺の名は片倉小十郎、奥州を統べる一国の主だ。 荒くれどもをまとめ上げ、今や奥州に敵も無く安泰な生活を送っていると言いたいところだが、ひとつだけ心配の種がある。 それは俺の右腕であり恋仲でもある、伊達政宗の事だ。 俺より10歳年下で『奥州に独眼竜有り』称されるほど血気盛んな政宗だが、その顔はそこら辺の役者より見目麗しい。 そのお蔭で政宗に言い寄る輩が後を絶たず、俺の気苦労がたえない。 そのあまりの多さに俺が政宗を自分のもの宣言する羽目になり、それによって国内の不貞な輩が途絶えたのだが、戦で外に出る機会が増えたことも相まってか今度は国外から不貞の輩が押しかけるようになっちまった。 こいつは予想外だったぜ。 今じゃそいつらからも政宗を守らなけりゃならなくなった。 全く、これじゃあどっちが殿様だか分かりゃしねぇな。
「参られよ!!政宗殿」 今は武田との戦の真っ最中、目前で政宗と真田幸村が一騎打ちだ。 武田との戦も回を重ね、今ではこの二人の勝敗で戦の勝敗も決まるようになっている。 お互い戦うのを楽しみにしている節があるので一騎打ちの勝敗が決まっても命まではとらず、戦もそのままお開きっつーふざけた展開になっているが、それを政宗が楽しみにしている以上俺にはこのふざけた戦を止める理由も無く、今日も無駄とも思える戦のため軍を率いて武田との国境付近に布陣した。 そして反対側に布陣している武田信玄と『お互い苦労するな』という内容の書状を交換すると、両軍の大将が見つめる前で独眼竜と紅蓮の鬼が前に進み出て御前試合よろしく二人の一騎打ちが始まった。 「はぁぁ…、綺麗っすね、政宗様」 側に控えていた部下達のの呆けた声が耳に入る。まぁ見蕩れるのも無理は無い。 蒼い雷をその身に纏った政宗は、まるで神に捧げる舞を舞う巫女の如く荘厳で美しい。 だがああ見えても政宗の腕はたつ、正直この俺でさえも梃子摺るほどだ。 しかし真田もなかなかやるな。政宗の六爪を全て凌ぎながらも攻撃を繰り出している。 政宗が執着するのも分からんでもない。悔しいがその腕だけは認めてやる。 「はぁ!!」 真田の一撃が政宗の体を吹き飛ばした、どうやら勝負がついた様だ。 今回は奥州の負けか。 別に負けたからと言って何も奪われる事の無い戦だ。何の感慨も無い。 それよりも政宗の方が気になる俺は、倒れた政宗の元に歩み寄りその体を抱き起こし怪我の有無を確認する。どうやら怪我はしていないようだな、良かった。 「すまねぇ、小十郎様」 俺がアレコレ診ている間もやけに大人しく政宗が俺の腕の中にいると思ったら、余程悔しかったのだろう肩を震わせながら俯き悔し涙まで浮かべていた。 あーコラ、そういう表情をしたら駄目だろう。ここは戦場だぞ?! 野獣どもがわんさかいる戦場だぞ?! 危惧した通り、そんな政宗の表情を目の当たりにした連中が政宗を一斉に凝視する。 ゴラァ見るんじゃねぇ!と俺が睨みつければ、連中はおどおどと目線を泳がせ始めた。全く、油断も隙もありゃしねぇ。 ん?良く見ると自軍どころか敵軍までそんな有様じゃねぇか。 ほら言わんこっっちゃ無い、頼むから公衆の面前でそういう顔をするのは止めてくれ。お前の表情の破壊力はハンパねぇんだ、これ以上俺の仕事を増やすな。 「気にするな政宗。今回は天が味方しなかったって事だ、この次勝てば良い」 そう慰めてとっとと戦を切り上げようとするのだが、まだ無念なのだろう、政宗は下唇をかみ締めながら動こうとしない。 いや、俺にとってはこの状況は歓迎なんだがな…。ただ何度も言うようだがここは戦場で、敵が目前にいる状況だ。そんな可愛い顔をするなら帰ってからにしてくれ。 お前のその表情ひとつで人生を踏み外す人間もいるんだからな。 全く無意識に無差別に男を煽りやがって、帰ったら今夜は寝かせねぇから覚悟しろ!! しょうがないので動かない政宗を腕に抱いたまま立ち上がろうとした時、いつの間にか真田幸村が目の前にやって来てしゃがみ込んでいた。 「政宗殿」 何の用だと睨みつける俺が全く目に入っていないのか、政宗だけに目線を合わせそのままその手を取りやがった! てめぇ真田幸村!勝手に俺の政宗に触るんじゃねぇ!! 目で威嚇するがヤツは気付かないのか無視してやがるのか、平然としている。そして 「俺は今日までそなただけを思って腕を磨いてきた、ゆえに此度の勝ちがござる。そなたも俺の事だけを考えて毎日をお過ごしくだされば、きっと勝ちが見えてきましょうぞ!!」 なんて馬鹿げた提案をしてきやがった。 暗に自分だけを考えて毎日を過ごして欲しいと告げる真田幸村に、ヤツの下心をまるっきり理解しちゃいねぇ政宗は「わかった、やってみる。今度は負けねぇからな」なんて言ってそのまま真田の手を握り返しちまった!!駄目だ駄目だ!!振り払え!! 良いか?お前は騙されてるんだぞ!政宗! そいつは童顔で戦にしか興味ないように見えて、本性はとてつもなく黒いんだぞ!! これ以上真田の好きにさせるかと、俺は強引に政宗を姫抱きにして立ち上がる。 自然と二人の手は離れた。 真田はもう一度手を繋ごうと政宗の手に触れようとするが、そうはさせるか。 「悪いな坊や、うちの政宗は生憎俺の事しか考えないように躾けてあるんでな。おめぇの事を考える暇なんてないんだよ」 我ながら大人気ないと思いつつ、真田にそう宣言すると本陣へと引き上げる。 案の定それを聞いた政宗は腕の中で真っ赤になって「何言ってんだよ!!」と暴れ始めたが、そう簡単には離してやれねぇな。 「今はそうでも、将来俺しか考えないようにして差し上げる!」 背後から真田からは宣戦布告とも取れる言葉を返されたが、それに鼻で笑って答えてやる。 戦じゃ負けたが、政宗は渡さねぇぜ?真田幸村。 |