自分は本当に正しかったのか…、未だに答えは出ない。
見上げれば一面の闇。 その中に浮かぶ月さえ飲み込んでしまいそうな常闇の夜だった。 家康は明日の関ヶ原の戦を前に、その闇を見上げていた。 先ほどから答えの出ない堂々巡りの自問自答が、頭の中で繰り返される。 ため息をついて、もう休もうかと思った時、背後から声がかかった。 「ここにいたのか、家康」 振り返らずともその声の主は分かっている。 今回の戦でどうしても同盟を組みたいと何度も何度も口説き、先日やっと口説き落とした伊達家の当主だ。 ささくれだった心を隠すように、家康は笑顔をつくり政宗に振り返った。 「ああ、明日で全て終わる。そう思うと心が高ぶってな」 我ながら下手な言い訳だと思う。一人で夜空を、あの男を連想させる闇を見上げておいて何を言っているのだ。 そしてそれは全て政宗にバレているのも分かっていた。 察しのよい男だからな…。 案の定、政宗からは笑顔は返ってこない。 「後悔…してるのか?家康」 しかも直球で来たか。 どう取り繕っても誤魔化せないと悟った家康は、もう政宗相手に本心を隠すのを止めた。 「していたら、今ここにはいない」 それは本当だ。ただ、まだ引き摺っているだけだ。 「秀吉公をこの手にかけた時から、こうなる事はわかっていた。だから後悔はしてはいない」 こちらをじっと見つめる政宗の、全てを見透かすような金色の隻眼から逃れたくて、また見たくも無い月を見上げる。 「分かっていたつもりだった…、秀吉公を倒せば三成が壊れる事くらい…、分かっていた筈だったんだが…」 自然と目が闇夜からそらされ、 「実際、殺意を向けられると…、辛いな…」 本音を漏らした途端、心が重く圧し掛かる。 もう月すら見上げる事が出来ない。 うつむく家康の目に映るのは僅かな月光に照らされた地面ばかり。 覚悟は出来ていた筈だった。 だが現実は、その覚悟が意味を持たないほど過酷だったというだけ。 「そうなる事を分かってて、アンタは豊臣秀吉を手にかけたんだろ?」 慰めて欲しいとは思わなかったけれど、やはりこの男の口からは慰めの言葉一つ出ては来ない。 「石田の事を切り捨ててまでも、アンタにはやらなければならない事があるんだろ?」 そう畳み掛けられて、家康は顔を上げた。 そう、民を無視し乱世を終わらせるどころか他国にさえ手を出そうとした秀吉をこの手にかけたのは、全てこの乱世を早く終わらせるため。 「そうだな…、お前の言うとおりだ…。秀吉公や三成のやり方では駄目なんだ。だからワシは天下を統べるべく立ち上がったんだ」 家康は己に言い聞かせる為にそう言うと、自分の拳を睨むように見つめた。 その決意を固める姿に満足したのか、政宗はやっと口元を緩めた。 「揺らぐなよ家康。アンタが揺らいだら俺は容赦なくアンタを斬り、天下を頂くからな」 その口から出たのは、その表情とはかけ離れた言葉だったけれど。 「それは困る。天下はワシが取る。それが秀吉公への義であり、三成への餞だ」 それが政宗からの励ましだという事は、家康には分かっていた。 そう、明日の戦いで、どちらかが死ぬ。 それは変えられない。 だったら何が何でも自分が勝つ。 そして、憎しみに彩られたお前を楽にしてやろう。 「答えが出たようだな」 こちらを凝視していた政宗がフッと笑った。 それを見た家康は、自分の心の中の霧がすっと晴れるのを感じた。 そうだ、今はお前が側にいる。 旧友との対決はとても辛いけれど、お前が側にいて笑ってくれるなら、それだけでワシは生きていける。 微笑む政宗の後頭部に手を沿えそのまま引き寄せ、その唇にゆっくりと口付けた。 途端驚いて、暴れ出した竜に一言付け加える。 「明日の勝利祈願だ。竜神の加護、確かに享け賜った」 |