戦乱の世、誰しもが天を目指して戦う世の中。 人は力を求めた。 それが伝説であろうとも。 偽りであろうとも。 力を得られるなら、なんでもする。 たとえそれが、どの様結果を引き起こす事になろうとも。
竜は啼くー壱ー
奥州の中央を立てに走る奥羽山脈。竜が住むというその山々に、一組の主従が旅を続けていた。 主人の名は真田幸村。 従者の名は猿飛佐助。 使えるべき主を失った彼らは生きるため、藁にもすがる思いでここに来ていた。 狙うは奥州に住むという竜と契約を交わすため。 御伽噺にでも出てきそうな話だが、その竜は、契約したものに不老不死を与えるという。 この戦乱の世の中で、確実なものなど何も無い。 逆を言えば人々に御伽噺と言われているその竜も、実際存在するかもしれない。 後も先も無いこの主従はただ、伝説と呼ばれる竜を探すことだけが生きがいとなっていた。
どれだけこの山を歩き回っただろう。 忍の佐助でさえ正確な日数を分かりかねていた。 日が昇れば竜を探し、日が沈めば寝床を作り夜を迎える。 そんな生活を二人は繰り返していた。
そんな中、昨日同じように竜を探し回っていたと思われる一団と、一戦を交えた。相手は十人程の手勢であったが、幸村と佐助にはその数は有利に働かず、皆返り討ちにした。 だが運悪く、幸村はその戦いの際、わき腹に傷を負ってしまった。案外深く切りつけられたらしく、歩くたび結構な量の血液が流れ出す。それを見た佐助は先を行く主を案じた。 「旦那…、大丈夫?顔色良くないけど」 「案ずるな、佐助。これしきの事でこの幸村、死にはせん」 どう贔屓目に見ても苦しそうな主の姿。しかし手を貸そうにも主は断固として受け入れようとしない。 今日はこのままこの辺りで寝床を作り、そのまま数日治療に専念してもらわねば命の保障も出来ない。 「いくら旦那でも死にますって。今日はここまでにして、早く治療しないと直る傷も治りませんよ?」 佐助はそれでも尚抵抗しようとする主を宥めると、近くにあった洞窟に幸村を引きずってき、傷の手当てを始めた。 「うわ〜、結構ざっくりと切られて。この傷で良く歩けたね、旦那」 痛みに馴れているのか、はたまた鈍感なのか。佐助はこの主の人間離れした所に改めて驚嘆した。 「この洞窟、外からは分からなかったが随分と中は広いな」 そう思いつつ治療する従者の心を主は知らず。治療中で岩にただ座っていた幸村は、手持ち無沙汰に洞窟を見回して、驚きの声をあげた。 「そうだね。洞窟なのに、空気が澄んでるし。案外ここ、竜が住む洞窟だったりして」 と、佐助は冗談で言ってみた。結果、幸村は先ほど以上にやる気を見せイキナリ立ち上がった。まだ手当ても済んでいなかったので、慌てて佐助は幸村を座らる。 「ちょっと待ってよ、旦那。せめて手当てが終わってから」 「うむ、そうだな。しかし佐助、本当にここに竜はいそうだぞ。耳を済ませてみろ、奥から水音も聞こえるではないか」 そういえば、何やら水音も聞こえる。奥に泉でも湧き出ているのであろうか。 「はい、終わり。どう?」 包帯が巻かれたわき腹を軽く擦り、痛みが和らいだのを確認した幸村は座っていた岩から勢いよく立つ。 「うむ、大丈夫だ。これで奥まで行けそうだ」 本当は手当てが終わっても安静にして欲しかったのだが、そんな事を聞く主でないのを佐助は百も承知だった。 「わかったよ。じゃ早速行こうか」 二人は持ってきた荷物を抱えなおすと、洞窟の奥へと向かった。
「随分奥の方に来た筈なのに、空気が澄んでるね」 息苦しさもカビ臭さも感じず奥に行けば行くほど、空気が冷たく澄んでくる洞窟に何か神秘的なものさえを感じる。 「冗談ではなく、本当に竜の住む洞窟かもしれんな」
30分も歩いただろうか。突如視界が開け、小さな泉が姿を現した。 二人は思わず泉に駆け寄る。 「すばらしい!」 「うわ〜、綺麗な泉。見てよ、すごい透明度だよコレ」 佐助は水を手ですくい飲んでみた。職業柄、毒の有無を確認してしまうが、毒はおろか、今まで飲んだどの水よりもおいしい。 「今まで飲んでた水が汚水に感じる程の水だ…。旦那も早く飲んでみなよ。旦那?」 返事が無いのを不思議に思い振り返ると、さっきまで一緒にはしゃいでいた筈の幸村が一点を見て固まっている。 何事かと佐助も幸村の見つめる先を見て、固まった。 泉を取り囲むように大きな樹が根を張り、そびえ立っている。泉に流れ込む水流は樹の根元から流れ出ていた。その樹の中心に位置する場所に、何者かが磔のように繋ぎ止められていた。その者の四肢には御札の付いたしめ縄の様なものが幾重にも絡み付いていた。 幸村と佐助はわが目を疑った。 その者は一見人間に見えるが、頭から生えた一対の羊のように曲がった角と、着物の裾から広がる蛇のような下半身が人間ではない事を物語っている。微動だにせず人形のようにも見えるその姿は、まるで作り物のように完成された容姿をしていた。 肩まで伸びたクセのある黒髪に白い顔。右目は眼帯で隠されている。 「コレが…竜か…」 幸村のつぶやきに佐助は頷いた。 これが言い伝えにあった、奥州の竜。 時間が止まったようにその姿を見続けていた二人の沈黙を破ったのが、獣の咆哮のような人間の声だった。
「とうとう見つけやがったか」 先程返り討ちにしたはずの男たちである。 ケガの治療もそこそこに、後をつけて来ていたのか。 「ごめん旦那。尾けられてたの、気付かなかった」 「気にするな。大方俺のケガのほうに気を取られていたのであろう」 幸村は傷を庇いながらゆっくりと自分の獲物を構えた。 「しかしアチラさんも随分と丈夫だね。暫く動けない程痛めつけた予定だったのに」 大型手裏剣を構え、佐助は焦りの混じったため息を漏らす。 幸村は怪我をしている。 動けるのは自分だけ。 自分ひとりで十人もの人数を捌けるか。 隠れる場所の無いこんなひらけた所が戦場では、忍である自分には不利かもしれない。 そんな事を考えているうちに、隣の幸村が咆哮を上げ攻め込んでいく。 「ああもう、なんで後ろで大人しくしててくれないかな〜、ウチの旦那は!」 折角主を戦わせないように頭の中で算段していたのが、パァになるじゃないか。 そうぼやきながら佐助も戦いに身を投じていった。
随分人を斬った気がする。 なのに倒れている人間は一人もいない。 これは一体どういうことだ。 幸村は戦いながらおかしいと感じていた。 通常の人間であれば絶命してもおかしくない傷を負わせているのに相手は一向に死ぬ気配がない。中には袈裟懸けに胴体を切った者もいるのにだ。 佐助も同じ事を感じていたらしく幸村と目を合わせる。その間も男たちは容赦なく斬りつけてくる。ぎりぎりの所でかわすが、二人ともじりじりと泉の方に追いやられていった。 「何かおかしい。こいつらは人間か?」 怪我の所為もあり佐助より体力の消耗が激しい幸村は、しゃべることさえ苦しそうだ。 「人間じゃないかもね」 そんな幸村を庇ってまた一人男を切り捨てた佐助は、切り捨てた相手がまた立ち上がるのをウンザリとした様子で見つめていた。 「今頃気付いたか、人間ども」 やはり相手は人間ではないらしい。 「やっと自己紹介してくれんの?」 軽口たたきながらも、さすがにヤバイと佐助は思った。 後ろは泉。 前は十人ほどの、人ならざる者。 「まさに背水の陣だな」 笑えない幸村の冗談にも、笑ってしまう。 疲れきった二人の様子にいつでも止めを刺せると判断した妖どもは攻撃の手を休め、こちらの恐怖を煽るためかおもむろに自分達の身元を明かす。 「我らは妖の長、豊臣秀吉様の配下の者よ」 「妖の長…」 妖の長の話なら聞いた事がある。 大阪を拠点に日ノ本に君臨する、妖の王。 人間にも害をなす存在で、時の帝が征伐隊を指揮したが、あえなく返り討ちにあったという大妖だ。 「その妖の配下の皆さんがこの場所に何の用?」 自分たちの後ろに磔になった竜に用があるのは分かりきっていたが、この状況を切り抜けるきっかけを掴むために佐助は出来るだけ時間を稼ごうとした。 「後ろの竜に用がある。彼奴を我が長に献上するのよ」 そう答えた妖は、右手をすっとかざした。 するとどこからか突風が吹きカマイタチの如く、竜を戒めるしめ縄を切り刻んだ。戒めを解かれた竜は、支えを失い大きな水飛沫と共に泉の中へ身を落とす。 「秀吉様からお召しがかかったにも関わらず、彼奴はそれを拒否し、姿をくらましたのだ」 幸村と佐助はそっと後ろを振り返る。竜は泉に沈むことなく横たわり、今だ眠り続けていた。 「何処かへと姿を消して百年、こんな所に封じられていたとは。今まで見つからぬわけよな、独眼竜」 独眼竜と呼ばれた竜は、水の中で静かにその左目を開けた。 水の色と同じ、蒼い目。 まるで水の色を取り込むような色だ。 その色に幸村と佐助は息をするのも忘れ、魅入った。 「さあ来い、独眼竜。長もお待ちかねだ。大人しくその身を差し出すのだ」 水が流れ落ちるのも厭わず、ゆっくりと身を起こす竜。濡れた髪が項に纏わりつき、蛇を思わせる下半身を包む蒼い鱗が水に反射して幻想的な光景を作り出す。 これが竜か…。 幸村は自分が置かれている状況も忘れ、彼に見惚れてしまった。 そんな雰囲気をかき消したのは彼のかすれた声だった。 「答えはNOだ。この独眼竜、死んでも秀吉の所には行かねぇ」 冷たい空気を震わし、竜の声が洞窟に響く。幸村と佐助は静かに状況を見守っていた。 「それは残念だ。殺したくは無かったが、竜が拒絶したら殺せと言われている。悪く思うなよ」 妖の男は、自分の腕を槍のように尖らせると、身動きもままならない竜に向かってその槍を突き通す。 今だ目覚めの途中にあるのか、竜は緩慢な動きを見せるだけでかわすことすら出来そうにない。あと少しで槍が竜を貫く。 その瞬間。 幸村が動いた。 動けずにいる竜の前に身を投げ出すと、その槍を腕で受け止める。 「旦那!!」 受け止めはしたが勢いを殺せず、そのまま槍は幸村の胸を深く貫いた。妖の男は眉をピクリと動かすと、右腕を幸村の胸から抜き去る。 栓を抜かれた傷口からは大量の血液があふれ出した。 「旦那!しっかりしてくれ!」 佐助の悲痛な叫びが虚しく洞窟にこだまする。 妖の男は目の前の人間には目もくれず、竜に向かって再び槍を突き通した。 佐助は意識が朦朧とする幸村を抱きながら、彼の名を呼ぶ事しか出来なかった。 捜し求めた竜は奪われ、主の命も危ない。 絶望感が佐助を支配する。 もう終わった。 そう思った時だった。
それは突然、目の前にあふれた。 まるで夢でも見ている様な光景だった。 まぶしい光を放つ雷が、まるで生き物のように妖の者達を焼き殺してゆく。激しい音と目も眩む程の光と妖達の断末魔。 夢の中の出来事のように、佐助はその光景を見ていた。 雷が消え、辺りは光のシャワーのような光景から元の薄暗い洞窟へと景色を変える。気が付けば、その場には自分たち二人と竜だけが残されていた。 助かったのか…。 だが、幸村の命がいまだ危ない。佐助は止血しようと幸村の服を脱がせる。 「………」 もはや手の尽くしようが無いほどに破壊された身体。傷口からは絶えず赤黒い血が湧き出てくる。血を止めようと手で押さえても、指の間から血は流れ出すだけ。止めることが出来ない。 どうすることも出来ず、呆然とするしかなかった。 「どいてろ」 失望する佐助に、蛇のような下半身をくねらせて竜が近づいてきた。 「こいつは俺の命の恩人だ。死なせはしねぇ」 今佐助に出来ることは何もない。ただ黙って竜に幸村を託し、彼の無事を祈るだけだ。 竜は幸村を抱えると、虫の息を繰り返す唇に竜は自分の唇を重ねた。 幸村の下半身に蒼く輝く鱗を持つ尾を巻きつけ、全てを吸い取るかのように激しく口を吸う。その姿は竜というよりは、人の淫を誘う魔物のようだった。
やがてゆっくりと身を離すと、力尽きたのか。竜はその場に倒れこんだ。佐助はすかさず幸村の傍らに駆け寄った。 「旦那!!」 傷口を見ると、みるみる傷が塞がってゆく。暫くすると傷は完全に塞がり、幸村の顔色も良くなってきた。慌てて心臓に耳を近づけるとちゃんと血液を送り出す音が聞こえ、鼻に手をかざすと息をするたびに掌に小さく風を感じた。 生きている。 「旦那…?」 佐助の呼びかけに答えるかのように、幸村は瞼を上げた。 「…佐助」 ゆっくりと起き上がると、幸村は隣に倒れている竜に近づいた。 「助けて頂き感謝する」 それを聞いて竜は鼻で笑った。 「命は助かったが、死んだほうがマシだったかもな」 竜は身体を起こす力さえないのか、横になったまま荒い息を繰り返している。 「それはどういう事でござるか?」 幸村は竜の体を支え、その身体を起こす。竜の身体は冷たく、火照った幸村には心地よい。 「アンタの命を助けるために、不死の契約を交わした。アンタは俺が死ぬまで不老不死のまま、主である俺のために生きなければならない」 不老不死の契約。それを竜は実行した。 目覚めて間もなく、しかも大きな力を使った後で。それでこの様に消耗しているのか。体力をこれ程消耗することが分かっていながら、それでも自分を助けてくれた。 突き放すような口調のこの竜が、実はとても優しいのだと感じた。小さく笑う気配に佐助が幸村を見ると、彼は笑っていた。 まるで捜し求めていた宝物を見つけたかのように。 「望むところ。不死の契約を果たすため、そなたを探していたのだ。俺の望みは叶ったと言うわけだな」 嬉しさのあまり、自分をきつく抱きしめる幸村に息苦しさを感じながらも竜はつられて笑った。 「俺の名は伊達政宗。アンタの主になる竜だ」 「我が名は真田幸村。一生そなたを護り続けよう」
百年の刻を越え、竜はよみがえる。 |
描きたかった竜神政宗を小話で書いてみた。
そのうち漫画の方も書くかも。
竜神姿の政宗が描きたい。
いつもの如く、文才が無く申し訳ないです。