やっと探し当てた竜は思った以上に神々しく、優しい竜だった。

蛇のような化け物を想像していた自分を恥じた。

政宗殿は美しい。

この世の中に、こんなに美しい生き物がいたのかと。

普段は神仏を信じていない俺だが、

この時ばかりは神に感謝した。



                  

竜は啼く −弐―






政宗は今だ体力を回復しておらず歩けない状態だったが、妖の長にこの場所が知られている以上、いつまた先程のような者達が現れるかも知れない。この場は早々に去った方が無難だという事で、一行は山を降りることにした。

だが、問題がひとつ。

「降りても良いが政宗殿、その姿では…」

下半身が竜の状態ではさすがに目立つ。

町に出てこの姿を他の人間に見られでもすれば、捕らえられ殺されるか見世物にされるかのどちらかだろう。

幸村と佐助がどう隠そうか頭を悩ませていると。

「人間に見えりゃあいいんだな」

政宗は身体をぶるりと震わせると、みるみる下半身が人間の脚に変わっていく。そして見た目は普通の人間と変わらない姿になった。

が。

何だか…。

「破廉恥でござるな」

政宗は子供が着る様な丈の短い着物を着ている。それは竜の時は動きやすくて良いだろうが、人間の姿だと白い脚が太腿まで剥き出しになっていて、少々目のやり場に困る。

「破廉恥ってなんだよ、ちゃんとした人間の脚だろうが!どこが悪い」

そう言いながら政宗は脚を振り上げるものだから、裾から太腿はおろか、角度によってはその先まで見えそうだ。

「たっ、確かに紛れも無い人間の脚でござるが…、着ている物が…」

そう真面目に答えながらも幸村の視線は脹脛から太腿、そしてその先まで、余すところなく見ている。

なんとすべらかな肌なのだろう。

あ、下帯もつけていない…。

と、全てをしっかり脳裏に焼き付けながら。

そんな主の姿を見て、佐助は呆れた。

まぁ確かに、竜の旦那は綺麗だけどね。

どう見ても男なのに、どうしてそう劣情をそそるんだろうね。

などと。

どうやらこの主従は好みや考え方や似ているらしい。

自分に対し二人がそんな不埒な事を考えているとは知らない政宗は、紛れも無い人間と言われたことに満足したらしい。ばたばたと動かしていた足を止めた。

そして幸村に向き直ると、主としての命令を下す。

「じゃあまずは町に降りて俺の着物を調達するのが最優先事項だ。おい幸村、俺を運べ」

「はっ」

命令された幸村は、嫌がるそぶりも見せず率先して政宗を姫抱きに抱えあげた。ついでに脚をばれない程度に撫で回してみる。

ああ、思った以上だ。

この肌に吸い付くような感触がなんとも言えん。

またしても佐助が呆れたように見ていたが、幸村は気にすることなく。

彼らは山を後にした。







「百年も経つと町っつーのも変わるもんだな」

比較的大きい町に着いた一行はまず、呉服屋を探した。

ここに来るまで人目に付かないように努力したつもりだが、すれ違う人が全てすれ違い様に、幸村に抱きかかえられている政宗の白い脚を見るのだ。見えないように佐助が視線を遮っても、それをかわすように頭を巡らし、政宗の脚を見ようとする者までいた。

おかげで幸村の機嫌は最高潮に悪い。

眉間にしわを寄せ、すれ違う者全てを睨みつけ威嚇する始末だ。

一方の政宗はそんな事は気にならないのか、純粋に町を楽しんでいる。

そんな二人に板ばさみになっていた佐助は、やっと目の前に現れた呉服屋にホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでも無い。




その呉服屋で幸村は随分と時間を掛けて政宗の着物を選んだ。佐助と政宗はどの着物でも良いと言ったのだが、それでは政宗殿が惹き立たぬと言い始め、結局少々値が張ったが政宗の鱗と同じような蒼い着物を買うに落ち着いた。

そして一行が宿へと落ち着いたのは夜も更けた頃であった。




「久ぶりだな〜、こういう屋敷に入るのも」

懐かしげに政宗は部屋を見渡した。

隣の部屋とはふすま一枚隔てただけの簡素な部屋だが、今の時間は皆寝ているのか宿全体が随分と静かだった。部屋の中を眺めていた政宗は荷物を整理している幸村に振り返った。

「なぁ、佐助はどこ行ったんだ?」

「風呂でござる」

「風呂か…、風呂ね〜」

風呂を連呼しながら何かを考えているらしい政宗に幸村はじわりと下心が湧いた。

「俺も風呂に入るが、政宗殿も一緒に来られては如何か?」

「そうだな、入るか。今の時間なら誰もいないだろうし」

政宗は何か思案していたようだが吹っ切れたのか解決したのか、ゆっくりと立ち上がった。幸村はあわててその身体を支える。

「もう歩けるので?」

「ああ、ゆっくりならな」

横から政宗を支えると、幸村は風呂場へと歩き出した。


風呂場の暖簾をくぐると、やはりこの時間は利用する客がいないようで佐助以外、人の気配はないようだ。

政宗は早速着物を脱ぎ始めた。白い肩から蒼い着物が滑り落ちる様はなんともいえぬ色香を醸し出す。

その様子を隣から横目で見ていた幸村は政宗を押し倒したい衝動に駆られた。

ああ、その様に惜しげもなく裸体を晒して。

俺を誘っておられるのか。

我慢できず幸村の手が政宗にのびたその時、絶妙なタイミングで政宗は振り返った。

「先入ってるぜ」

「!!、はい」

政宗が上機嫌で風呂へ行くのを見送ると、幸村は先ほど伸ばしかけた手をぐっと握りしめた。

「理性を試されているような気がする……」



政宗が中に入ると、先に入っていた佐助がこちらの気付いて手を振った。

「良い湯加減だよ〜、竜の旦那」

「おう」

一糸纏わぬ政宗の姿をじっくり堪能しつつ、佐助は自分の隣へ招き寄せた。

うっわ〜、すげ〜。色白っ!

何だかエッチな身体してるな〜、竜の旦那。

呼ばれた政宗は佐助が入っている湯船に近づき、そっと脚を湯につけた。湯気が幻想的な雰囲気を作り出すように政宗の身体を包み込みあたりは真っ白になる。

「…?」

湯気にしちゃあ何か、多くないかい?

もう政宗の姿が見えないほど湯気があふれている。手で湯気を払い、佐助は次に見た政宗の姿で思わず絶叫した。

「なんで〜〜〜!!」



「何事だ!!」

その声を聞きつけ、幸村は中へ勢いよく入って来た。そして溢れんばかりの湯気に驚き、両手で払いつつ政宗を探す。

「ぷっ、なんだこの湯気は!佐助、政宗殿はどこに」

「俺はここだぜ」

声のする方を見ると、政宗が気持ち良さそうに湯に浸かっている。湯に濡れて項に纏わり付く髪の毛。

うっすら汗が浮かぶ首筋から流れた雫がしたたる鎖骨。

そして湯に反射して輝く蒼い鱗。

鱗?

なんで竜の姿に戻っているのだ?!

「まっ…、政宗殿。これは…」

「水分に触れると元に戻るんだよ、今の俺は」

「そうであったか…」

思わず幸村は複雑な顔をする。

折角全裸の政宗と風呂に入れると思ったのに。

あわよくば、身体を洗うという名目でお触りも出来ると思ったのに。

佐助も同じ事を考えていたらしく、見れば同じように落胆した顔をしていた。

「元に戻っても、この時間なら他に人間もいないだろうと思ってな。あ〜久しぶりの湯は良いな〜」

リラックスしまくっている政宗の隣で、幸村と佐助はなんとも言えぬ顔で湯に浸かっていた。

……世の中、上手く行かないものだ…。

「水分に触れると元に戻るならば、雨の日などは外へ出歩けぬな」

「今の状態ならそうだ。本来の力を取り戻せばそんな事でいちいち元に戻ることもないんだがな…」

「なんと、今の状態は本調子では無いと申すか」

「ああ、俺は竜族最強の竜だからな。俺の実力はあんな程度じゃないぜ?」

そう言うと政宗は、挑発するようにニヤリと笑い尾をくねらせた。

「素晴らしい!是非政宗殿の本来の実力というものを是非見たい!」

「おう、力が戻ったらイの一番にお前に見せてやる!」

「楽しみでござる!」

子供のように笑いあう二人を見ながら、佐助は思った。

本来の力が戻ったら、風呂にも人間のままで入れるんだ。

その時が楽しみだな〜、と。



さて、そろそろあがろうかと、政宗が湯船に手をかけた時、風呂場の入り口のほうから人の気配がする。

「おい、誰か来たらしいぞ」

政宗は正体がバレないように湯船の奥の方へと移動し、角を隠すために手ぬぐいを被った。

「なんと、それはまずい」

慌てて幸村が脱衣所の方へ向かおうと立ち上がった所で風呂場の入り口が開き、一人の男が入って来てしまった。

「おっと失礼、誰もいないと思ってたんだが」

入って来た男は長身で、逞しい体つきをしていた。一見武士かと思うほどだが、頭の後ろで高く結った髪が武士にあるまじき長さだったので、どうやら違うらしい。ずかずか入ってきた男は、場の雰囲気もなんのその、早速湯船に脚を突っ込んでいる。

この場で騒ぎを起こしたくないと思った3人は、その男が去るまで風呂に留まることにした。

そんな気も知らずに、男は人懐っこそうな顔で、事もあろうか政宗の隣に腰を下ろす。

幸村と佐助はさすがにぎょっとなる。当の政宗も困惑していた。

「さっきこの宿に着いたばかりなんだ。あんた達もかい?」

「ああ、そんな所だ」

適当に相槌をうって、政宗は男と反対側の方向へ移動した。が、男はどっから来たの?と、話を続けながら折角開いた政宗との距離を縮めてしまう。

「政宗殿、こちらへ」

その様子を見ていた幸村が政宗を自分の横に呼び寄せた。

「へぇ、アンタ政宗サンって言うのかい?俺は前田慶次、よろしく」

だが、幸村の隣へ移動するどころか、慶次と名乗る男に行く手を阻まれ、握手とばかりに目の前に手を差し出された。

「どーも」

軽く手を避けるが、慶次は湯の中に沈んでいた政宗の手を取ると、

大げさに振り回す。

「いや〜、見れば見るほど美人だね〜、政宗サン。ここで会ったのも何かの縁だ」

悪気は無いのだろうが無遠慮な慶次の態度に、政宗の機嫌は急降下する。本来竜は、気位が高くカンタンにその身に触れることを許さず、幸村や佐助のように自分の認めた人間以外が触れるのは言語道断なのだ。

「悪いが手を離してくれねぇか」

「おっと、すまない」

名残惜しそうにやっと手を離した慶次から離れると、余程イライラしていたのか、思わず尾で湯の表面を叩いてしまった。

「あ」

思わず佐助は声を出してしまった。

その声で自分がやった事に気付いた政宗は、恐る恐る慶次の方を振りかえる。

今のは気付かないでくれ。

だが、政宗の思いも通じなかったらしい。今のをしっかり見てしまった慶次は大声を上げた。

「湯の中に蛇でもいたのか!よしっ俺が捕まえてやる」

そう言うと湯の中に両手を漬け、蛇を探し始めた。

政宗はまずいと思い、尾を引っ込めようとしたが運悪く、尾の先が慶次の手に掴まれてしまった。

「捕まえたっと。おっ、随分でっかいな〜」

そう言うや否や、あっという間に尾をひっぱられ、政宗の上半身は慶次の方に引き寄せられてしまった。

「あれ?」

尾を手繰り寄せ蛇の頭はどこかと探っていた手が、何故か政宗の腰に行き着いて、慶次は首をかしげた。

「ちょいと失礼するよ、政宗サン」

そう言うと慶次は政宗を抱え上げ、湯からあげる。

政宗の全身が慶次の前に晒された。

「…………」

上半身は人間なのに、下半身は煌めく蒼い鱗で覆われた蛇のような姿が現れた。驚きのあまり固まっている慶次の顎に、政宗は今が勝機とばかりに拳を繰り出す。

その衝撃で慶次の手から力が抜け、政宗の身体は湯の中へと落ちる。幸村は政宗を素早く抱き寄せると、自分の着替えもそこそこに、彼を抱きかかえたまま部屋へと駆け出した。佐助も素早く着替えると政宗の着替えを手に掴み、風呂を後にする。

風呂には政宗に殴られ脳震盪を起こした慶次が湯船に浮かんでいた。




「あの野郎〜、今度会ったら只じゃおかねぇ!」

部屋に戻り、身体の水分をふき取って人間の姿に戻った政宗は、未だに怒りが収まらないのらしい。さっきから慶次の悪口ばかり言っている。

「あの慶次という男、政宗殿を抱きあげおって許せん!」

そして幸村も、政宗以上に怒っていた。

佐助はそんな二人をなだめると、早く寝ようと急かす。

「明日、早めにここを出た方がいい、あの慶次って旦那に気付かれる前に」

「そうだな、あの男に騒がれてはかなわん」

あの男を気にするのは癪だが、なるべく穏便にこの地を去りたいというのが本音なので、しょうがない。明日の朝早く出立しようと、

3人は佐助が用意した床にそれぞれ入った。


だが、真ん中に政宗を挟んで幸村と佐助は寝る態勢に入ったはいいが、なかなか睡魔が訪れてはくれない。床の中で寝返りを打っていた中、焦れたのか幸村が政宗に小声で話しかけてきた。

「政宗殿は何故、あのような場所に封じ込められておられたのだ?宜しければお教え願えないだろうか」

「そうだな…、どうせ寝付けないんだ。寝物語にでも教えてやるよ」

政宗はゆっくりと語り出した。




今から百年と少し前、この地は鬼が治めていた。

四国を根城にしていた銀の髪を持つ鬼は、周りの妖の者達をうまくまとめ上げ、人間とも争いの無い穏やかな国を創った。

だがその平和は突然破られた。大阪から大きな猿の妖が兵を挙げ、鬼に宣戦布告をしてきたのだ。

鬼は奥州の竜族の長である政宗や、瀬戸内の九尾の狐と共に対抗したが、力及ばず、猿の妖が率いる大軍の前に敗れ去った。

鬼はこの地を追われ、共に戦った九尾も何処かへ去り、後に残された政宗はその身を差し出すよう脅された。政宗はそれを拒絶して奥州へと逃れ、その身を隠すために自らの力を封じたのだった。

その後百年間、猿は執拗に政宗を探し続けた。

とうとう見つかり、政宗が猿へと捧げられようとした時、現れたのが、幸村と佐助だった。


「感謝してるぜ?二人とも。おかげであの場から逃げ出せたんだからな」

布団にうつ伏せになり、腕に顎を乗せた状態でやわらかく微笑む竜。

その姿を見つめ、幸村は猿の妖の気持ちが分からなくもなかった。

自分もこの様な美しい生き物を側に置きたいと思う。

「でもさ、逃げたって知ったら追ってくるんじゃないの?猿は」

佐助の言うことに竜は静かに頷いた。

「追ってくるだろうな。秀吉は諦めの悪い猿だからな」

どこか遠くを見ているようなその表情が少し悲しそうで、幸村は思わず身を乗り出した。

「ご心配召されるな政宗殿。この幸村、そなたを狙う全てから御守り致たそうぞ」

妖の王相手に大きく出た幸村に、政宗は小さく笑った。

「ああ、期待してるぜ」





百年前の戦の後、気が付けば俺は一人だった。

一緒にいたはずの鬼も狐も見当たらなかった。

お前たちは俺を置いて行ったりしないか…?





そんな不安を察してか、幸村は政宗の手を握る。

その手から伝わる暖かさが心地よくて。

いつの間にか政宗は眠りに落ちていった。








続いちゃったよ…。って事で第二話です。
何だかギャグ路線ですか?
慶次出したくて、そのせいでダラダラ長くなったような…。
言っておくが、この私に文をまとめる能力など期待してはいかん!
とりあえず、竜神はとても美人だと言う事でv