貴方は時折寂しく笑う。 まるで世界に自分ひとりしか存在しないかのように。 貴方の隣には俺達がいるのに。 ねぇ、竜の旦那。 何故貴方は遠くを見つめているの? 今だ帰らぬ鬼と狐を待っているかのように…。 竜は啼く ―参―
次の日の早朝、3人は宿を後にした。 幸い、昨晩政宗にちょっかいを出してきた慶次の姿もないようだ。 政宗の体力も戻っていたので、町の外を目指して怪しまれない程度に走り急ぐ。あと少しで民家が途切れると思ったその時、政宗が急に立ち止まった。 「政宗殿…?」 「囲まれた…」 何に?と聞く暇も無く、民家の屋根の上から小さい黒い影が次々と目の前に降りてきた。 妖だ。 しかも大勢。 それらの妖は政宗達を取り囲むように陣を組むと、有無を言わせず飛び掛かってきた。 「おっと、危ないな〜」 佐助はそれらをひょいと避けると、振り向き様に首を刎ねる。幸村と政宗も同じように妖を捌いていた。 だが、相手の数は多く、ざっと見ただけで二百匹ほどはいる。 一匹一匹は大して強くは無いが、これが二百となると話は別だ。 持久戦となると、先に音を上げるのはこちらの方。 さて、どうしたものか。 相手は本能のみで生きているような低レベルな妖。だが、ちゃんと意思を持って群れで襲い掛かってきている。 という事は。 この群れを指揮する妖が背後にいるに違いない。 そしてそいつはこちらが体力を消耗するのを待っているのだろう。 「問題はその妖がどこに潜んでいるかだよね」 「なに、戦っていれば見えてくるかもしれぬ」 「その前に、こっちの体力が持てばいいけど」 幸村と佐助は戦況を見つつ出来るだけ体力を温存し、この群れの親玉を探ることにしたのだが。 「そんな面倒な事してられっか!一気に潰す!」 短気な政宗が天に向かって右手をあげた。前回幸村達を助けたときのように雷を呼び出そうとしている。 「ちょっと待って!そりゃあ旦那の力ならこんな群れ一発でしょうが、ソレやったらアンタはその後丸一日動けなくなるんじゃないの?」 寸でのところで佐助は政宗の行動を止める。止められた政宗に一寸睨まれたが、今はそんな事を気にしている暇は無い。 政宗も雷を出すのを諦めたのか、次々と襲い掛かる雑魚をなぎ倒していく。そんな二人を幸村は振り返えると、 「俺にお任せを!政宗殿。この幸村がそなたから受け継ぎし竜の力で、こやつらを一網打尽にしてみせる!」 と、いかにも自信満々げに言いきった。 「え、出来んの?旦那」 驚ろく佐助の隣で政宗は怪訝な顔をする。佐助の台詞に大げさに頷きつつ、幸村は妖の群れに向かって両手をかざし、大声で叫ぶ。 「我に宿りし竜の力よ、我らにあだなす妖どもに死を!」 「………!!」 幸村の声に、対する妖も警戒し攻撃の手を休め防御の姿勢をとる。
双方動かず。 その場から音が消えた。
「………」 「……旦那?」 固唾を飲んで見守る佐助と胡散臭そうな顔をする政宗。 いかにも何か大技が出そうなモーションから約30秒。 何も起こる気配がない。 「……む?何故だ!」 何も起こらないことに動揺した幸村は、突き出していた両手をまじまじと見つめた。 おかしい。 呪文が違ったんだろうか? そんな幸村に、政宗は言いにくそうに鼻の頭をぽりぽり掻きながら近づいた。 「あ〜、勘違いしてる様だから言っとくが、お前の力は前のままだ。大して強くなっちゃいねぇ」 「なんだと!!」 「お前は不老不死になっただけで、レベルはそのままって事だ。You see?」 「なっ、なんと!それは誠か?!」 「うわっ旦那、恥ずかしい〜!大見得切って張り切って。結局大技なんてこれっぽっちも出ないの〜?」 てっきり竜の力が自分にも使えると思っていただけに、落胆も大きかった。ここが敵陣の真っ只中というのも忘れ、幸村は軽く戦闘不能状態に陥った。 「今の俺もレベルが低い状態だからな。力を取り戻せばお前にも、竜の力が行き渡らないワケでもないんだが…」 「では今すぐ政宗殿には強くなって頂きたい!」 「なに無茶な事言ってんだ、この馬鹿!そんな力なんか無くたってこいつらよりはお前の方が強いだろ!いつまだ拗ねてんだ!」 その幸村目掛けて飛び掛ってきた雑魚を一閃すると、政宗は幸村の頭を叩き、その衝撃で拗ねモードに入っていた幸村は我に帰る。 「ハッ!申し訳ない!戦の最中であった」 「もう半分以上倒したんだ。残り気合入れていけ!」 「はっ!」 あっという間に立ち直った幸村と共に、政宗と佐助は残りの雑魚を片付けるべく、戦闘を開始した。
大方雑魚を捌き終わった頃、ざわりとした感覚が政宗を襲う。 まだいる。 しかもこんな雑魚とは比べ物にならないレベルの妖が。 「ようやくボスのお出ましってかい?」 そう言ったのと同時に、幸村が何者かにやられた。 「ぐはっ!」 「旦那!」 いきなり目の前に現れた影に、幸村は防御する暇も無く派手に吹っ飛ばされ、近くにあった塀に激突する。慌てた佐助が幸村の側に走った。 「旦那!しっかりしてくれ!」 「ほっとけ佐助!そいつは不死だ!そんな傷すぐ直る」 政宗が雑魚の最後の一匹を切り捨てて、そう叫んだ。 しかし、幸村は人間にしては強い方なのに、それをいとも簡単に吹っ飛ばすとは。 焦りながら政宗は幸村を吹っ飛ばした妖を睨みつける。 狐の面をつけたその姿は一見猿の様だが、毛色が猿と違い火のような色をしていた。 只立っているだけなのに、相手からはひしひしと妖力が伝わってくる。自分たちには少々過ぎた相手かもしれない。 倒せるんだろうか…、今の俺に。 今の自分は幸村や佐助と同レベル程度の力しかない。例の雷を使えば勝てるかもしれないが、それは一日一回しか使えない上、その一回をかわされれば自分達に勝機はない。 「すまぬ、政宗殿!少々油断した」 政宗の元に復活した幸村が佐助と共に戻ってきた。 「不死って便利だね。すぐ傷が治る」 「だが、痛みはそのままだぞ」 「痛みがあった方が生きてる実感があっていいんじゃねぇか?」 軽口をたたきながら3人は目の前に狐面の妖の者に対峙した。 「この敵は、随分と手強いでござるな」 「手強いどころじゃねぇぜ。俺達に勝てる見込みは薄い位だ」 「あらら〜、じゃあどうする?尻尾巻いて逃げる?」 幸い狐面はこちらの出方を探っているのか、最初の幸村への一撃以降、攻撃してくる気配がない。逃げるなら今だ。こんな妖相手に逃げを打つのは癪だが、今の政宗には倒せないのも事実。 「おら、逃げるぞ。幸村、佐助」 政宗は、幸村と佐助を促して逃げようとしたのだが。 「俺は相手がどの様に強くても逃げぬ。逃げるは武士の名折れなり!」 プライドが邪魔するのか、幸村は逃げようとしない。 「あのね〜、それじゃ死にに行くようなモンだよ?ま、今の旦那は死ねないけどさ」 良いから行こうと腕を掴もうとする佐助を幸村は振り切った。 「佐助は政宗殿を御守りしながら逃げろ。俺はここに残る!」 それどころか、一人で戦うと言う。 その姿が…。 彼の鬼の姿に重なり、政宗の心に波風を立てた。 お前も一人で戦うと言うのか。 俺を残して。 勝てるはずも無いのに。 「そんなプライドだけで何が出来るってんだ!」 気が付けば、怒鳴っていた。
あの時、国を捨てて逃げるという選択もあったはずなのに。 アンタは自分のプライドのために秀吉と戦った。 勝てる見込みは無かったのに…。
怒鳴られた幸村より怒鳴った本人の方がとても辛い顔をしていた。怒鳴った後、押し黙ってしまった政宗を幸村は見つめた。怒鳴られたのは自分なのに、何故そんな表情をする。 そなたは俺に誰を重ねているのだ? 何がそんなに苦しいのだ。 その表情が、今にも泣きそうで。 「……分かった」 逃げるのはプライドが許さないが、政宗にそんな表情をさせた自分がもっと許せない。 幸村は狐面をひと睨みすると、政宗、佐助と共にその場を後にした。 狐面の妖は、ただ黙ってソレを見送っていた。
やがて3人の姿が見えなくなると、それを見計らったかのように、狐面の隣に一人の男が現れた。 「ご苦労さん。やっぱあの紅いお兄さんの方が竜の防人だったな、夢吉」 男が狐面にそう声をかけたとたん、狐面は小さな猿に姿を変え、声をかけた男のその逞しい肩に登っていく。 人懐こそうな顔で3人が去った方向を見つめるその男は、昨夜会った前田慶次、その人であった。 「秀吉が狙ってるって言うから、どんな竜か一目見ようとここまで来たけど、どうやらかなりの当たりのようだ」 人好きのする爽やかな顔で。 「秀吉にはもったいない。俺が頂いても罰は当たらないな」 政宗を手に入れる算段をしている。 「幸い、竜は力を取り戻してないようだし、しかも防人のあの紅いお兄さんは弱いときてる。こりゃ、奪わなきゃ損だろ」 な、夢吉と問いかけられ、肩に乗る猿は答えるように一鳴きした。 「先代妖帝の寵愛を受けた奥州の蒼竜か…」 時折何を想い出すのか、あの苦しそうな耐えるような表情が堪らない。 アンタはそっちにいるべきじゃない。 こちら側にきて、俺の目を楽しませてくれれば良いよ。 竜が啼く姿を見せておくれ。 慶次は人の良さそうなその顔に似合わぬ不適な笑みを浮かべた。
「追ってくる様子は無いようだね」 先程の場所からだいぶ離れた山林まで走ったところで、3人はようやく立ち止まった。 息を整えながら、政宗は来た道を振り返り睨みつける。 「くそ、どうやらバレたな。のんびりしてらんねぇ、先を急ぐぞ」 そう言うなりまた走り出した政宗を慌てて二人が追った。 「ちょっと待って、バレたって何のこと?竜の旦那の正体?」 「それもあるが、多分さっきの奴は竜の防人を探っていた」 木々の間を走りながら政宗は答えた。 竜の防人? 聞きなれない言葉に、幸村と佐助は顔を見合わせる。 「竜の防人って、まさか」 「そう、竜と不老不死の契約をした人間の事だ」 幸村と佐助。どちらが政宗と契約した防人なのか試すために、先程の戦いを仕掛けられたに違いない。 防人は、竜の護衛。 常に主を護るために身を挺する存在。 竜を手に入れようと企む者には邪魔な存在。 本来であれば、他の妖にとって恐ろしい存在な筈なのだが。 「契約したての最弱防人を従えた竜なんざ、格好の餌食だろうよ」 最弱と言われて幸村は、うっと息を詰まらせた。本当の事なので、言い訳のしようもない。 「二人仲良く捕まって、俺は猿への献上品。お前は封印されて、一生眠ったままだな」 「それは困る!」 こちらを見ながらニヤリと笑いそう言う政宗に、幸村は首を左右に振って即答する。 早いトコ政宗に力を取り戻してもらって、自分にも竜の力を授けて欲しいのだが、そうは上手く行くはずもない。こうなれば、どこかに身を隠して地道に自分自身修行して強くなるしかない。 だが豊臣に支配されたこの世の中に、果たしてそのような場所があるのだろうか。 そう考え込む幸村を眺めていた政宗は、何を考えているか検討がついているのか、小さく笑った。 「心配するな幸村。お前を強くしてやるよ」 「それは誠が!」 思った通りの反応をする幸村に、また政宗は笑ってしまった。 「おう!当てがあるからな」 「当て?」 「これから俺のもう一人の防人がいる場所に行く。そいつは竜の力を取り戻す事が出来る筈だ」 その言葉に幸村はつまずきそうになる。 「そっ、そなたと契約したのは俺ひとりでは無いのか!」 という事は、契約時にかわした接吻もそのもう一人ともかわしたと言う事! あんな淫らな口付けを、そのもう一人とも交わしたと申すか!! 「この馬鹿村―!何大声で叫んでんだ!!」 人里離れた山の中を走っているとはいえ、そんな事を大声で叫ぶ幸村に、政宗は顔を真っ赤にして殴りかかった。 「なんでそっちなの!旦那!」 佐助のツッコミも幸村には届かない。 今の幸村にとって、政宗の力を取り戻す方法より、政宗が口付けた防人が自分以外にもう一人いるという事実の方が重いのだ。 「淫らで悪かったな!」 とどめの一発を幸村にお見舞いする政宗を見て佐助は、竜の旦那もそっちじゃないでしょ〜と、がっくり肩を落とす。 「そうじゃないでしょ!二人とも!!もう一人の味方が竜の力を取り戻せるって事でしょ?」 「はっ、味方?!」 ようやくその事に気付いた幸村はこの際ほっといて、佐助は政宗の方を見た。 「その人は何処にいるの?」 「北の山の頂上に小さな社がある、そこにいるはずだ」 「了解、ちなみにその人は、男?女?」 聞きながら横目で幸村を伺うと、彼は思ったとおり佐助のこの質問に聞き耳をたてていた。 男なら、この真田幸村にとって敵だ。 女なら…、これも敵だ。 「名は片倉小十郎。いい男だぜ?」 敵決定。 |
文字で戦闘シーンを書くのがこれ程大変だとは思いませんでした。
表現って難しい…。
相変わらず、文章をまとめる能力も無いからダラダラ長くなるし。
あ、慶次悪者にしちゃったよ。