なぁ見えるか、政宗。 あそこに見えるのが異国だ。 お前はいつかそこに行くと言っていたよな。 この戦が終わったら、欲しがってた俺の船をやるよ。 海を渡って異国へといける船だ。 俺が大事にしていた船なんだから、間違っても壊すんじゃねぇぞ? だから、政宗。 お前は死ぬな。 絶対に生き残るんだ。
竜は啼く ―四ーいつか見た海― 鬼と狐といた頃の話 自分はこのまま、この2人と生きられると思っていた。 いつまでもこの時が続くと思っていた。 あの日が来るまでは…。 「お伝えします!大阪方面より豊臣軍が侵攻中。その数1万!」 ここは四国にある鬼が島の城の一室。銀の鬼が上座に座り、両隣に金の尾を持つ九尾の狐と、蒼い鱗を持つ竜が控えていた。緊迫した状況で伝令が伝えられると、それを受けた銀の髪の鬼は、隣に控える狐と竜を順に見つめる。 「随分と焦ってるみてぇだなァ、猿はよォ」 「ふん、愚かな事よ」 「ha!そんなに早く俺達を潰してえってのかい?」 そもそも妖は、銀の鬼の統治下で静かに人間と共存をしていた。 だがそれに異を唱え、和を乱す存在が突如として現れた。 大猿の妖、豊臣秀吉。 彼は軍を率いてあっという間に大阪を征服すると、こちらに宣戦布告をしてきたのだ。 それに対し、銀の鬼元親は豊臣を牽制する目的で急遽砦を造ったがそれも先日落とされてしまった。 どうやら相手は、平和ボケして腕が鈍った鬼の軍を上回る兵力を持っているらしい。 しかも砦を落としてから一旦兵を引いて体制を立て直す事も無く、そのままこちらに侵攻してくるようだ。 あまりにも早すぎる。 「どうやらアチラさんは一気にこっちをつぶす気でいるらしいな」 伝令を下がらせ、そう呟く元親の表情は硬い。 兵力に違いがありすぎるのだ。 いくらこちら側に力の強い種の妖がいたとしても、ここ数百年戦の無い世の中だったのだ。そのため大半は鍛錬などせず、のんびり静かな暮らしを送っていたせいで、技量不足が否めない。 密かに兵を鍛え、来るべき時に備えていた豊臣との力の差は歴然としていた。 「一兵卒の力の差は、俺達で埋めるしかねぇな…」 そう苦々しげに呟いていた元親に政宗は、まかせろと、笑って答えた。 見渡せば、そこは焼け野原。 見慣れた城も、城から見渡せる草原も、そこに暮らしていた妖も。 全て灰へと姿を変えていた。
戦いの最中、九尾の狐元就は大群に一人、立ち向かった。 いつも仲間を駒と称して卑下してはいたが、それは彼なりの照れ隠しなのだと政宗は知っていた。 そんな彼が、駒を消されて激昂し、己の不利にもかかわらず大挙して押し寄せる敵陣に突っ込んでいった。 大群の真ん中で、術による大規模な爆発が数回あったが、その後、大群が何事も無かったかのように動き始めた。 それを城の天守閣から見ていた政宗は、あの中で狐は力尽きたことを知った。 だが、狐が死んだと信じてはいなかった。 諦めの悪い狐だったのだ。 きっと生きているに違いないと。 政宗は隣にいた元親にそう言い、元親もそうだなと答えてくれた。
そして元就を飲み込んだ大群が城攻めを開始した直後、元親は政宗を振り返った。 戦場に似合わない穏やかな笑みを浮かべて。 そんな彼の表情に、政宗は一抹の不安を覚えた。
なぁ見えるか、政宗。 あそこに見えるのが異国だ。 お前はいつかそこに行くと言っていたよな。 この戦が終わったら、欲しがってた俺の船をやるよ。 海を渡って異国へといける船だ。 俺が大事にしていた船なんだから、間違っても壊すんじゃねぇぞ? だから、政宗。 お前は死ぬな。 絶対に生き残るんだ。
自分を逃そうとするかのようなその台詞に、政宗は怒り、鬼に詰め寄った。 「何言ってやがる!俺もここに残って戦う」 そう噛み付いても、鬼は寂しそうに笑うだけ。 「豊臣の狙いはお前だ、政宗」 そう言うと、怒り狂う政宗をそっと抱き寄せた。 「俺の首を取れば、この日ノ本の南半分は奴の手に落ちる。だが、大阪から北半分は今だ誰も立ち入る事の出来ねぇ神の領域。そしてお前はその地へ行き来できる唯一の一族の長だ。豊臣はお前を殺さずに捕らえて、北への足がかりにする筈だ」 切迫した状況に似合わない静かな鬼の声が、政宗の苛立つ心を静めてゆく。 「しかもお前は見目もいいからな。ただ捕らえられるだけじゃ済まないかもしれねぇしな」 「そりゃアンタが言うことかよ。自分だって手を出したクセに」 いやらしい顔で悪戯っぽく政宗の顔を覗き込んでくる鬼に、こちらも意地悪い顔をしてみせる。 「手を出したからこそ、誰にもやりたくねぇんだよ。そん位分かれ」 言いながら、息も出来ないくらいキツク抱きしめられた。 これが最後とでも言うかのように。 政宗は何も言えず、ただ、抱きしめられるしかなかった。 「政宗様、お迎えに上がりました」 気がつくと、政宗の防人である小十郎が控えていた。 慌てて元親の顔を見ようとするが、抱きしめられているため、身動きが取れず、伺い見ることが出来ない。 そんな政宗を最後にもう一度力強く抱くとその手を離し、政宗から顔を背け眼下に広がる豊臣の大群に向き直る。 自分の顔を見ることなく、背を向けられた政宗は酷く動揺した。 「元親!」 「お別れだ、政宗。お前は片倉と共に北へ帰れ。そして二度とここには戻ってくるな」 こちらからは元親の表情は分からない。 「元親!俺は」 「言うとおりにしろ、これは命令だ」 冷たく、妖帝として命を下される。 それを受けて、政宗は俯くしかなかった。 自分にはもはや、選択肢は一つしかない。 「……わかった…」 自分は敵を前にして、逃げるしかなかった。 だったら、一人では嫌だ。 「元親、俺と行こう!北へ行けば豊臣だって追って来れない筈だ!」 恥をかいてもいい。 ここで死ぬより、生きて北の地に逃れよう。 そこでまた、体制を立て直せば良いじゃねぇか。 誰もアンタを責めはしない。 そう訴えても鬼はこちらに背を向けたままだった。 「俺には妖帝としての義務がある。部下が皆殺しにあったのに大将が一人、生き残るわけにはいかねぇんだよ」 何処からとなく吹いてきた風が、元親の銀の髪を揺らす。 「大丈夫だ、俺は死なねぇ」 こんな状況でそう言われても、信じられない。 「この戦が終わったら、お前を迎えに行くからな」 そう言い残すと鬼は身を翻し、敵陣へと舞い降りていった。 あの狐のように。 「元親―!!」 追いかけようとする政宗の鳩尾を打ち気絶させると、小十郎は敵の目を欺きながら北の地へと向かった。 そして前もって用意してあった場所に政宗を封印したのだった。 豊臣に見つからないように。 政宗はこの時、元親がこうなる事を予想して、小十郎と内密に政宗を匿う手立てを練っていたのだと気付いた。 自分に内緒で事を決められていた腹立たしさもあったが、そんなに前からこの事を考えていた鬼の気持ちに、胸が張り裂けそうになった。 そんなに前からアンタは死ぬ気でいたのかと。 その事に気付いたとしても、今更戻ることも出来ない。 政宗は元親が望むように、大人しく小十郎に全てを任せた。
その後、妖帝元親は倒され、日ノ本の南半分は豊臣のものとなった。 百年前の出来事だった。
眼が覚めて、気がつけば自分は泣いていた。 左目から止めどなく流れる涙をぬぐい、政宗はゆっくり身を起こす。 宿場の隅にある小さな宿のその一室で。 左右に幸村と佐助が寝ている。 起きるにはまだ早い時間だった。 随分と懐かしい夢を見た気がする。 抱きしめられたあの感触がまだ身体に残っていた。 あの銀の鬼はもう、いないのだろうか…。 抱かれた感触を思い出すかのように、自分の腕で身体を抱きしめてみる。 迎えに来ると言っていた。 その言葉だけが、今まで自分をこの世へと繋ぎ止める鎖だった。 だがもう、彼を待てないかもしれない。 愚かな自分は、彼の代わりを見つけてしまった。 この心の隙間をうめてくれるのなら、誰でも良いのかと。 そんな自分が嫌になり、うつむいた時、そっと後ろから抱きしめられた。 夢ではなく、現実で。 「寂しそうな顔をしないで下され」 夢の彼と同じようにキツク。 「ここにそなたを必要とする者がいる。それでは駄目であろうか」 例えこの身が砕けようとも、俺はそなたの側を離れはしない。 そう告げられた言葉の力強さに。 政宗は今だ涙を流し続けるその眼を閉じた。 |
兄貴と筆頭は恋仲にあったらしいです。
幸村はそれを薄々感じてるらしいです。