それは純粋なる欲望。
男の言葉は自分の内側にいとも簡単に滑り込んできた。
いずれ人は死ぬ。
欲しいものを欲しがって何が悪いのか。
その言葉は日頃、理性でねじ伏せてきた内なる欲望を肯定する言葉。
その言葉に自分の心が軽くなると同時に、小十郎は己の浅ましさを改めて思い知らされた。
配下の兵卒を人質に取られ、罠と知りつつ政宗と共に向かった人取り橋。
そこに男は待ち構えていた。
松永久秀。
政宗は彼の策略通りに罠に落ち、気を失ってこの腕の中に。
最愛の主を腕に抱いた自分に男は、囁いた。
卿の欲しいものは既に腕の中だ。
何を迷うことがある。
欲望のままに、欲しがればよいのだ。
その鎧を剥ぎ取り、衣服を切り裂いて。
何もかも、暴いてしまうがよい。
男の言葉は甘い罪の香りを纏い、小十郎の心にするりと侵入する。
幼い頃から仕えてきた、敬愛すべき主。
いつの頃からか、敬愛とは別の感情が徐々に芽生えるのを感じていた。
愛しいと思う気持ちと同時に、啼かせたいと思う心と。
抱きしめたいと思う気持ちと同時に、ねじ伏せたいと思う心が。
相対する感情が、事あるごとに小十郎の内を駆け巡るのだ。
年月を重ねるごとに美しくなる主と比例して大きくなる、その心。
何の疑いもなく自分に信頼を寄せる主の隣で、己は欲望を知られまいとひた隠しにする。
その後ろめたさ。
この感情は罪だ。
これを成すわけにはいかない。
それを分かっていながらも、この欲望のままに己を貫きたいと思う自分もいる。
葛藤に苛まれる小十郎を。
男は見破り、欲しかった言葉を投げかけた。
いずれ誰かに奪われる位なら、卿がその手で手折ってしまえばいい。
賽は投げられた。
咎人よ。内なる欲望を解き放つが良い。
その白い無垢な首筋に己が欲望の牙を突き立てるのは、今だ。