今日も契約のため、あの男の下へと通う。 これは自分達のため。 天使のために。 今日もあの男に抱かれに行く。 もはや自分に、意思などない。
天界の平和な日常を壊したのは、地獄から訪れた一人の悪魔。 彼は天使の約半数をその日のうちに消し炭へと変えた。 悪魔の名は幸村。 その昔、天使だった彼は罪を犯し、地獄へと身を落とした堕天使。 今は見る影もなく、その姿は悪魔そのもの。 彼は自分を追放した天を滅ぼすため、地獄から舞い戻った。
一通り殺戮を行なった悪魔は天界を一望できる小高い丘に降り立った。先程まで天使達を嬲り殺していた残虐さが嘘のように、穏やかな表情を浮かべた彼は、のんびりとその丘を散策する事にした。遠い昔、良くここで遊んだものだと思い出しながら。 記憶を頼りにたどり着いたのは小さな泉。 そこに屈み込むと躊躇なく血に塗れた手を泉に浸す。澄んだ水はあっという間に赤く濁り、幸村はその様子を楽しそうに見つめていた。 ふと気配を感じ視線を後ろにずらすと、見事な純白の5枚羽根を羽ばたかせながら一人の天使が舞い降りてくるのが目に入る。 幸村はそれが自分の待ち望んだ人物であると分かると、小さく笑った。
―やっと手に入る。
「久しぶりだな、幸村」 「政宗」 現れたその人物こそ、この天界を支配する最高位天使、政宗。 かつて幸村が天使だった頃、一緒に天を護っていた者であり、罪を犯した幸村を地獄へと堕とした人物でもあった。 そして、 幸村が罪を犯した元凶でもある。
「ぜんぜん変わってないな、政宗は」 降り立った場所から一向に動こうとしない政宗に幸村はゆっくりと近づくと、あの頃のように無邪気に笑いながら政宗の頬に手を伸ばした。政宗は触れられたとたん身体を硬くしたが、自分の頬を撫でる手を避けることなく、そのまま幸村を睨みつけた。 悪魔の肩越しに見える、汚された泉。 それが自分の姿に重なる。 「それで?俺に話があるのであろう?天使にとって重大な。それゆえ最高位天使様がわざわざ一人で俺に会いに来た。違うか?」 自分を睨みつける気位の高い態度も愛しそうに、幸村は政宗の顎を掴み目前に引き寄せた。 「話が早い。その通りだ」 幸村は昔から政宗が話を切り出さなくとも話の内容をあらかじめ分かっていた。それ程、近しい存在だった。 「アンタに頼みがある。天から手を引いてくれないか?」 このままいけば1週間後には確実に、天は彼によって滅ぼされるであろう。 だが、それを阻止しなければならない。 少しでも長く、天使達を生きながらえさせるために。 その為には、この身を投げ出しても惜しくはない。 そんな政宗の態度に、幸村は鼻で笑った。 「天界を存続させるためなら下賎な悪魔にも身を捧げるか…。気位の高い天使様が、随分と健気な事だ」 皆まで言わずとも、政宗がこれから提示しようとする取引の内容は分かり切っていた。 「ああ、俺が欲しければくれてやる。だが、それと交換に天から手を引いてくれ」 天界から手を引く代わりに最高位天使は、その体を自分にくれるというのだ。 全ては予定通り。 その言葉を聴き皮肉を込めて笑いだした悪魔に、政宗は睨みつけていたその目を閉じた。
昔、まだ幸村が天使だった頃。 二人は天界の双璧と言われ、天界では並ぶものがいないほどの実力を誇っていた。 常に一緒に行動し、腕を磨き、楽園を護る。 他の天使が羨むほど、二人の仲は良かった。 だが、そんな二人の関係はある日、脆く崩れ去った。 幸村が政宗を無理やり手篭めにしたのだ。 その後、政宗の直属の部下である小十郎率いる軍に追い詰められ、政宗の手によって、幸村は地獄へ堕とされた。 あれから200年。 目の前に立つ幸村の、その面影はあの頃と変わらない。ただ背負う翼が異なるだけ。
「憶えているか?政宗。あの時のことを」 ねっとりとした身体に纏わりつくような視線で幸村は聞いてきた。嫌なことを聞くものだと、政宗はきつく睨み返した。 あの時の事は、忘れよう筈もない。 未だにあの行為が政宗の心を苛み、あの時受けた背の傷が体を苛んだ。
あの日、いつもと同じように二人、小高い丘にあるこの小さな泉に水浴びに来ていた。 身に纏う衣を脱ぎ泉でじゃれ合っていた筈なのに、次第に狂う幸村の行動。 政宗の身体を拘束し、その唇を塞ぎ、泉の中へと押し倒す。 嫌がる政宗の翼を力づくで?ぎ取ると、何も知らぬその肢体に余すことなく歯をたて、そしてその身を貫く。 激痛に耐えながら目の端に映るのは黒く染まりつつある幸村のその翼。 遠くなる意識の中で政宗は親友の堕天を知った。
「俺を狂わせたのは、お前だ。政宗」 お互い親友だと思っていた。 ある日、政宗と小十郎の姿を目にするまでは。 二人が寄り添い抱きしめあう姿を目にしたあの瞬間から、己は狂った。 初めて感じる激しい嫉妬心。 湧き上がる憎悪。 この身体を支配する負の感情。 全てがあの瞬間に湧き上がったのだ。 あの時から政宗は自分にとって親友などではなく欲望の対象になり、その衝動のままに政宗を抱き、そしてその報いとして地獄に堕とされた。 地獄の業火に身を焼かれ、その痛みの中で天使から悪魔へ生まれ変わる間も、政宗の事を忘れはしなかった。 憎悪の対象として。 愛情の対象として。 どのような形であれ、いずれは戻ると決めた天界。 どんな手を使ってでも、必ず手に入れると決意した獲物。 膨れ上がった身勝手な欲望が天に災いをもたらそうとも、己の欲望の赴くままに悪魔は行動する。 「いいだろう、その条件を呑んでやる。今からお前は俺の玩具だ」 翼が1枚欠けた背を乱暴に抱き、幸村はその場に政宗を押し倒す。無抵抗に地面に転がされた天使の姿に笑いが止まらない。 初めて彼を犯したこの場所で、今度は彼の全てを手に入れる。 渇望した獲物を手にして笑う悪魔の声をその身に受けて、天使の左目から一筋流れた涙が地を濡らした。
天にとって大いなる災いであるこの事象は、幸村にとって大いなる幸福であった。 |
天使とか悪魔とか、すっげぇ好きなんですよね〜v