残熱 −侵食する焔ー
ゆっくりと自分に向かって伸ばされる手に政宗は気付かない。 その手が肩に触れて始めて、政宗は幸村を振り返った。 「どうした?弁田」 振り向きざまに告げられた言葉にも嫉妬する。それが自分を呼んだ言葉でも、彼が自分以外の名を呼んだのが許せず、肩に手をかけて畳の上に引き倒すと、馬乗りのような形で政宗を押さえつけた。 「おい!何の冗談だ!」 いきなり組み敷かれたことに驚いた政宗は一瞬戸惑ったがすぐに暴れ始めた。酒に多少は酔ってはいたが、相手はあの独眼竜である。予想通りの激しい抵抗に幸村は暴れる身体を自分の体重で押さえつける。 政宗の動きを封じてから、幸村は開いた手を自分の顎にかけた。 「弁田という男は、この世には存在せぬ」 そうはき捨てた言葉と共に樹脂で造った仮面を一気に脱ぎ捨てた。 そのとたん、政宗の動きが止まる。 驚きのあまり彼の隻眼が大きく見開かれる。 捨てられた仮面が後方でぺしゃりと畳に落ちる音だけが辺りに響いた。
仮面の下から現れたのは、真田幸村。 好敵手と認め、お互いを高めあった相手。 信玄を討ち取った後は抜け殻のようになってしまった男。
政宗は息をするのも忘れたかのように、その顔を見つめている。 「貴方の側にいるのはこの、真田幸村だ」 いまだに動かない政宗にそっと囁くと、幸村は身を屈め唇を重ねる。ゆっくりと味わうかのようにその唇を甘噛みし、隙間から舌を中に忍ばせた。 上顎を舌で撫でられ身震いしたとたん正気に返ったのか、政宗はまた抵抗を始めたが、力が上手く入らないのか幸村に容易に押さえつけられてしまう。 「政宗殿」 声色を変えるのもやめたその声は懐かしい彼の声。 混乱のあまり抵抗もろくに出来ない政宗に優しく声をかけその身を暴いていくのは、まぎれもなく真田幸村。 その瞳は依然見た暗い色とは違う、激しい焔を宿していた。 ああ、そうだ。 「そうだ、この眼だ」 俺はこの焔に焼かれたかったんだ。 混乱する頭の中で、これは真実だと告げるその焔。 焦がれ続けた焔を見つけた政宗は、 自分に喰らいつく男の背に、静かに腕を回した。 弁田源二郎。 身を偽って城に紛れ込んだこの男は、だがいくら隠しても隠し切れない存在感があった。 身に染み付いたその鋭さと気配。 一兵卒らしからぬ威風堂々さ。 思い起こせば覚えがあるものばかり。 どんなに犬の皮を被ろうとも、虎は虎。 その本性に魅せられた政宗は彼を晩酌の相手にと選び、小十郎は無意識に彼を警戒した。
着ていた着物を敷物代わりにして、政宗は素肌を幸村に晒した。 彼の手が身体を撫でる度に、そこが熱を持ったかのように火照る。 この身に彼の熱を受け入れる痛みさえ、心地よい。 欲しかった焔がここにある。 何故、幸村が身分を偽ってまで自分に近づいたのか、聞きたいことが山ほどあったが、今はどうでも良かった。 欲しかったものがやっと手に入ったのだ。 それ以外、考えたくなかった。 行為の後、疲れて寝てしまった政宗の身体を清め身を整えると、幸村は部屋を出た。 正体をばらした以上、自分はここにいるわけにはいかない。 外の冷たい空気が幸村の熱を奪う。その寒さが、今しがたの甘さを消してゆく。 先程まで触れていた肌の感触を封印するかのように、拳を握り小さく息を整えて幸村は空を見上げた。 間もなく佐助が現れ、二人は音もなくその場から消え去る。 黒い鳥の羽が数枚舞い落ち、後には寒さと静寂だけが残された。 |