戦場でその瞳を支配するのは、激しく潔い紅。




残熱 −震える焔ー




杯を手渡され、そのまま酒を注がれた。

幸村は勧められるがままに、それを飲み干す。

対した男も同じように飲み干した。

「今宵はいい月夜じゃねぇか」

そう呟く男の名は、政宗。

幸村が手にかけようとしている相手。

仇を目の前にして、何故か月見酒と洒落こんでいる。

政宗からの酌を受けながら、幸村はこうなった経緯を思い出した。



寝静まった城内を控えめに灯った灯篭ひとつ持ち、槍を片手に幸村は見回っていた。

他の見回りの眼を盗み、何時城主の部屋に忍び込もうかと機を狙ってはいたが、まさか城主自らその部屋へ招き入れられようとは思いもしなかった。

「酒の相手が欲しかったんだよ」

そう言いながら部屋に入るなり杯を手渡され、今に至る。

穏やかな雰囲気のこの部屋で、仇と狙う男と酒を酌み交わす。

まさか酒の相手と誘った部下が、自分を殺そうとしているとは思いもよらないだろうと、顔には出さずに幸村は政宗をあざ笑った。

竜とはなんと無防備なものよと。

殺すにしても犯すにしても、彼が酔いつぶれてからの方が都合がいいため、今は大人しく酒の相手をする。

「無口な男とは聞いていたけどよ、ホントにしゃべんねぇな」

酒の所為か白い肌を紅く染め、彼は穏やかに笑っている。彼のキツイ視線に馴れた自分には、この力を入れたら容易く手折れそうな竜の姿は少々落ち着かない。

(このまま襲ってしまおうか)

そう思い政宗に向かって伸ばそうとしていた手は、次に言われた言葉にその動きを奪われた。

「お前見てると、あの男の事を思い出すよ」

その瞬間、幸村の全身を電流が駆け抜ける。

彼の言っているあの男とは自分だ。

やはりこの方は自分を覚えている。

暗い喜びに打ち震える己を抑え、はやる気持ちを感じさせないように注意し、幸村はおずおずと政宗に問いかけた。

「それはどなたですか?」

「武田に仕えていた、真田幸村だ」


(嗚呼、やはり!)


彼はあの時あの様な目で自分を見てはいたが、やはり俺を引き摺っている。

政宗の中に存在する自分に、幸村は歓喜にうち震えた。

もう少し、相手の口から自分の事を聞きたい。

そう思うと止まらず、無口な筈の男の口が滑り出す。

「真田とは、あの紅蓮の鬼でございますか?」

「ああそうだ、なんだお前、興味あるのか?やっぱり武士だな」

急に饒舌になった幸村に、政宗はさして疑問も抱かない。それどころか興味を示したことが嬉しかったのか、身を乗り出すようにして話し始めた。

「奴は俺の好敵手だった男だ。燃えるような眼をしていて、戦い方が潔くて気持ちの良い奴だった」

自分の事を政宗の口から聞き幸村は高揚しながらも、まるで過ぎた事のような口ぶりに違和感を感じる。

「その方は、死んだのですか?」

折角彼の中に自分の存在を見つけたのに、それはもう過去の出来事とされたのではと内心焦りを感じたが、それを声に出さないように努めた。

「生きてるよ。あいつの主を討ち取った時、あいつの姿はどこにも無くてな、どうしてやがるんだろうと思っていんだが、どうやら俺の命を狙う算段でもしていたらしい。この間の夜、俺を暗殺しに来やがったよ」

伏し目がちに笑う政宗の顔が先程とは打って変わって沈んだ顔になる。その表情が幸村の心を乱した。

まただ。

また、その様につまらなそうな顔をする。

「その好敵手が生きておられるのですか。政宗様がまるで過去の出来事のようにお話しなさるので死んだ者と思いました」

居たたまれず、思わずそう言ってしまった。

それに政宗は俯き、小さく笑った。

「過去…、そうだな、過去の男だな。あいつは」

そう言い切られ、幸村は思わず政宗を睨みつける。だが、その視線に気付かないのか、政宗は手酌で酒を注ぐと続けた。

「以前のあいつはいい男だったよ、俺が保障する。だが今のあいつは…」

皆まで言わず、政宗は言葉を誤魔化すかのように酒を煽り、そして誰に言うともなく呟く。

「あいつ…、あんな目をした奴じゃなかったのにな…」




結局、命をとる事も犯すことも出来ずに、政宗の部屋を後にした。

寝てしまった城主を側使いの小姓に任せ、幸村は見回りを再開する。

長い渡り廊下を歩きながら、先程のことばかりが頭の中を駆け巡る。

今の俺と以前の俺は彼にとって同じではないと言う。

自分は何も変わった憶えは無い。

それなのにそなたは今の俺を否定するのか。

いくら考えても見えてこない答えに、幸村は考えるのを止めた。

結論は出ないが、ただひとつ、言えることがある。

彼の話の中に出てくる自分に、幸村は嫉妬をおぼえたのだ。