いとしいと想う心。 残熱 −戸惑うの焔−
幸村はあれ以来、政宗に酒の相手をさせられる事が多くなった。 いつも呼ばれる度に、今宵こそはと懐刀を忍ばせて行くのだが、それが懐から出た事は無かった。 酒の相手とは言っても会話らしい会話も無く、たまにする会話は『真田幸村』の話だけ。 どうやら政宗は、弁田源二郎という男は『真田幸村』に興味があると思っているようで、戦でまみえた時の話や方々で聞いた彼の噂などを話してくれた。そして、話し終わるといつも決まってつまらなそうな、寂しそうな顔をするのだ。 そんな顔を見る度に、幸村は昔の自分に嫉妬を憶えた。 (俺は一体どうしたのだろう?) 目の前にいるのは憎むべきお館様の仇だというのに。 自分は仇を討つ所か、この男と穏やかに酒を飲むことに喜びを覚え始めている。 そんな葛藤を知ってか知らずか、今宵も酒の席に招かれた。
「お前って、体格があいつと似てるんだよな」 いつものように会話らしい会話も無く酒を飲んでいると、不意に政宗がつぶやいた。正体がばれたのかと思わず幸村は政宗を見返したが、政宗はいつもと同じように上機嫌に酒を舐めている。その様子から自分の正体がばれたと言うわけではないらしい。 随分心臓に悪い事を言われる。と、幸村は彼の洞察力に内心肝を冷やした。 「そんなに似ておりますか?」 空になった政宗のお猪口に酌をしながら幸村は聞いてみる。 酒を注がれながら政宗は悪戯にでも成功したような顔でニヤニヤ笑っている。そういえば今夜は随分と機嫌がいいようで、いつもより多くその身体に酒を取り込んでいるようだ。 「そっくりだぜ」 中身を飲み干しお猪口を横に置くと、政宗は這うようにゆっくりとこちらに近づいて来る。無言で政宗の動向を窺っていると、彼はいきなり抱き付いてきた。 突然の行動に、幸村の呼吸が一瞬止まった。 自分の胴に絡みつくように回る政宗の二つの腕。 彼の頬が胸に押し付けられた。 幸村の心臓は今、恐ろしく速い速度で血液を送り出していた。 「あいつも結構筋肉質だったな…」 そんな幸村に構わず、政宗は抱き付いたまま。 「政宗様…?」 幸村は動揺が伝わらない程度に小さく声をかけ、彼の肩に両方の手を添える。すると、引き剥がされるのを嫌がってか、政宗は益々腕に力を入れてきた。 どうしても離れる気がないようだ。 仕方なく力を抜き、政宗のやりたいようにさせていた幸村の頭の中を、佐助の言葉が過ぎる。 『竜の旦那の寝込みを襲ってさ、力づくで犯しちゃいなよ』 見下ろせば、胸に抱きつく独眼竜。 まるで自分に縋り付く様なその姿に幸村は欲情をかきたてられ、逸る気持ちを抑えきれず、そのままゆっくりと押し倒した。 政宗はさして抵抗せずに、倒されたままおとなしく畳に仰向けに転がっている。酔って正気が半分失せた隻眼で自分を見上げるその姿に益々欲を刺激され、幸村は着物の合わせ目を左右に開いた。 目の前に現れた白い肌に思わず唾を飲み込む。 外気に晒されて寒気を感じたのか、小さく震える政宗の唇にそっと口付け、幸村はそのまま胸にも舌を這わせ始めた。 このまま犯してしまおうと政宗の帯に手をかけた時、 「幸村…」 と、政宗が呟いた。 驚いて顔を見上げると、眠りに落ちたのか隻眼を閉じた竜がいる。 もう、自身がどのような目にあっているか分からないほど酔いつぶれているであろう彼は、それでも自分の名を呼んだ。 真田幸村の名を。 「………」 幸村は帯にかけていた手を離すと、おずおずと政宗の着物の乱れを直し始める。 今の政宗の一言であんなに欲情していたはずの幸村の熱は、どういう訳か一気に冷めてしまっていた。自分でもその理由は分からないまま、政宗の側役の小姓を呼ぶと彼に後を任せ、幸村は静かに退室した。 自室へと続く廊下を歩きながら、幸村は先程の気持ちの名が何か、気がついた。 これは、彼をいとしいと想う心。 そうか、自分は憎いと思っていた相手を慕っていたのだ。 暫し唖然としたが、事実を知ったとたん今までの胸の痞えが取れたようにすっきりと落ち着いた。 仇が討てない訳も分かった。 そして。 あの時突如として熱が冷めた理由も。 自分は政宗に、『弁田源二郎』として認識されている。その自分が政宗を抱くことは出来ない。 政宗を想っているのは『真田幸村』なのだ。 |