その心の名は、嫉妬。





残熱 −焦がれる焔−




「夜に弁田を部屋に招き入れているそうですね」

執務をしていた政宗に、書物を取りに来た小十郎が聞いてきた。

政宗は筆を止め小十郎を振り返る。別に隠していた訳でもなかったので、「ああ」と答えたが、それを聞いた小十郎が顔を顰めた。

「何か問題でもあるのか?」

そう聞いた政宗に小十郎はすぐさま表情を戻すと「いえ」と答えを返し、「くれぐれも呑みすぎには注意を」と付けたして部屋を出て行く。

そんな小十郎の態度に頭を掻きつつ、政宗は心配性だなと呟いた。

その言葉を障子ごしに聴いていた小十郎は、主に無防備さに思わずため息が漏れた。

確かに弁田には何も問題はない。

彼が仕官してから今まで周りに親しい者もいないのか、噂ひとつ聞こえてこない。

何一つ。

それがあまりにも完璧に他人との接点を絶っているようで。

小十郎の不安を掻き立てるのだった。







その夜、晩酌の話題に上ったのはやはり小十郎の件だった。

「あいつはあんな顔してても心配性だからな〜。お前も難癖つけられない様に気をつけろよ?」

そう笑いながら手酌で酒を煽る政宗に、幸村は「心得ました」と答えた。

(やはり右目殿は侮れぬな…)

ああいった人間は、いくら変装して完璧に他人を演じても本能で本質を嗅ぎ取るのだ。

このままいくと、いずれ正体がばれる可能性もある。

(そろそろ潮時なのだろうか…)

暗殺目的でこの城に潜入したのが、もうかれこれ二年前になるか。未だにそれは達成できていない。

この二年、そんな自分に佐助は何も言わず尽くしてくれるのだが、内心疑問に思っているだろう。

目の前にいる政宗が自分の標的ではなくなってきた。

お館様が死んだ後、自分には政宗の首を取って仇を討つという事が生き甲斐であり、自分の使命だった。

だが、もう、それも果たせそうにない。

今の自分にとって、お館様の仇討ちより大切なものが出来てしまったのだ。


仇を討てないのなら、

自分は何しにここへ来たのだろうか。

幸村はそっとため息をついた。


「なんだ弁田、ちっとも飲んでねぇじゃねぇか」

手の中にあるお猪口ばかり見つめて一向にその中にある酒を飲もうとしない幸村に業を煮やしたのか、政宗が酌をしようと徳利を掲げた。それに気付いた幸村は慌てて酒を飲み干すと、待っていましたといわんばかりにお猪口にすぐに酒を注がれる。

「何か悩みでもあるのか?そんなに考え込んで。ま、そんな時はとりあえず飲んどけ、そして忘れろ」

酌を受けながら告げられた『忘れろ』という言葉に幸村は思わず彼を見つめた。目が合うと政宗はゆっくりと笑う。

まるでこちらの心を読んでいるかのように。

彼は呟いた。

「俺も飲んで忘れる」

あの男のことを、と。

聞き逃しそうなほど小さな声で聞こえてきたその内容に、幸村は驚愕した。

あの男とは十中八九、自分の事だ。

(忘れられては困る)

自分の中の貴方はこれ程までに大きな存在なのに、貴方は俺の存在を忘れようというのか。

いきなり切羽詰った様な焦りが幸村の身体を駆け巡った。

彼に自分を忘れさせては駄目だ。

貴方は常に、俺を想い続けていなければならない。

なら、どうすれば忘れないだろう?

そうだ。

その身に俺の存在を刻みつければ良い。




隣で無防備に酒を楽しむ竜に、

幸村はゆっくりと手を伸ばした。