敬愛する主の首が胴から離れた瞬間、俺の全ては終わった。 残熱 −消えた焔−
「おめでとうございます、政宗様。これで日ノ本の半分は伊達のモノとなりましたな」 「ああ」 仙台にある城で、政宗は小十郎からの言葉につまらなそうに答えた。先の戦で越後の上杉、甲斐の武田を撃破し、それぞれの領土を手に入れた結果、日ノ本の半分は伊達領となった。 織田が明智の謀反で敗れた今、残すは大阪の豊臣と四国の長曾我部や毛利のみ。 暫し戦の手を休め、新しく手に入れた地を平定するために政宗は毎日政に追われていた。毎日の書面と睨めっこにも、そろそろ飽きた頃だ。 「何やら顔色が優れませんな」 「そうか?」 ぼんやりと答える政宗に、小十郎は苦い顔をした。 政宗がそうなったのには心当たりがある。 川中島に乱入した伊達軍は、武田と上杉を同時に討ち取った。 その際、政宗のライバルたる真田幸村の姿が無かったのだ。 武田の別働隊として動いていたらしいのだが、信玄公を討ち取った後も消息はつかめず、今に至る。 武田は討っても、一番の目的の男が行方知れず。 これには政宗も煮詰まり、日に日に鬱憤が詰まるばかりだった。折角日ノ本の半分を手にしたというのに、達成感が無い。 その所為で毎日をつまらなそうに過ごしている政宗に、小十郎も同じようにやりきれない思いを抱えてはいたが、見つからない者はどうにもならない。 「今日はこれ位にして、お休み下さい」 「…そうするか」 焦る自分を心配しての言葉に促されるまま、政宗は休むことにした。
草木も眠るとされる丑三つ時。月が雲に隠れた時を狙って仙台城に不審な影が現れた。足音も感じさせぬ軽さで走りぬけ、目的の部屋に到達するその影はふたつ。背格好からしてどうやら男のようである。 一人が入り口を見張り、もう一人が侵入したそこは、この城の主の部屋。侵入者はゆっくりと布団へと近づく。そして小太刀を構えたその時雲の隙間から月があらわれ、戸の隙間から射す光が寝ている城主の姿を白く浮かび上がらせる。 月明かりに照らし出されたその姿に、侵入者は思わず動きを止めた。 いつもはキツイ光を宿す左目も今は閉じられている。その穏やかな寝顔に息の根を止めようとした男は、不覚にも見入ってしまった。 「政宗殿…」 男はこんなに近くで政宗の顔を見るのは初めてだった。 いつも彼は月を模した前立ての兜を深く被り、右目に眼帯をしているため、遠目では顔はおろか髪型さえも分からない。 その彼が素顔で、しかも眼帯を外して無防備の自分の前にいる。 その事が男の思考を奪った。 「旦那、何してんの。早く」 もう一人の声に男は我に返り小太刀を持ち直した瞬間、息の根を止めようとしていた相手の左目がゆっくりと開いた。 瞼が開き、強い光を宿したその瞳が現れる。 早くその喉をかき切ってしまわなければ、こちらの身が危ないのに何故か男は動きを止めたままだ。 「何時まで見てる気だ?真田幸村」 政宗が男にかけた声は起き抜けの声とは思えない、しっかりとした声で、彼は寝てはいなかったと知った。だが、幸村と呼ばれた男はそれに驚くこともなく淡々と答えた。 「貴様の命を貰いに来た」 そう言うなり相手からの答えも聞かず、小太刀は振り下ろす。政宗は忍ばせていた愛刀を抜刀し、それを受け止めた。刀と小太刀とではこちらが不利だが、体制では優位に立っているため、幸村は力を入れ政宗を床に縫い付けるように押さえつけた。 上から押さえつける力が勝り、互いの顔はおのずと近づいた。 お互いの眼を見詰め合ったその時、幸村を見て眉を顰めた政宗に一瞬隙が出来る。幸村はその一瞬を見逃さず、政宗の力を受け流し刀を弾く。弾かれた刀は幸村の斜め後ろに突き刺さる。それを眼で追う政宗の顎を掴むと、今度こそその喉をかき切ろうとした瞬間、クナイが幸村を襲った。 幸村は後ろに飛びのき、これをかわす。 「忍びか…」 伊達の黒脛組が数名姿を現し、政宗を護る位置に陣取る。 「政宗様!ご無事で?!」 廊下の方からは竜の右目の声が聞こえてくる。もはやこの状況では首を取ることが出来ない、状況が不利と見ると幸村は佐助と共に部屋から跳び出し、庭に降り立った。そこには数人の忍びと兵卒が刀を構えて迎え撃って来たが、それらを軽くあしらうと、用意していた凧に飛び乗り二人は空へと舞い上がった。空へ逃げられては手出し出来ず、伊達の兵たちはただ、こちらを睨みながら罵声をあげていすのが眼下に見える。 凧が城から離れ間際、無意識に幸村は政宗の姿を探していた。彼は右目に護られるような形で庭に佇み、こちらを見上げていた。 何の感情も持たない瞳で。 戦場で対峙する時のような猛々しい瞳ではない。今、自分を見上げる彼の瞳はとてもつまらなそうな光を宿していた。 それを見たとたん、幸村は言いようのない怒りがこみ上げてきた。 『何故その様な顔をする!俺がもう武田の武将ではないからなのか。ただの落ち武者ゆえ、そなたにとってはどうでも良い存在になったとでも言うのか!』 暗い眼をした真田幸村は、目視の限界まで伊達政宗を睨み続けた。
「政宗様、お怪我はございませぬか?」 「ああ、大丈夫だ」 ここに詰めていた兵士や忍びは幸村の後を追ったのか、姿が消えていた。一人残った小十郎が怪我はないかとアレコレ身体を検めるなか、政宗は幸村が消えた方向を見上げて呟いた。 「あいつ…あんな眼をした奴じゃなかったのにな」 |